◆一枚一枚が持つ時代性を感じ、声を聞く
若い人のあいだで家族写真という言葉はすっかり過去の埃(ほこり)をかぶるものになった。業界用語として「写真館」はなお流通しているようだが、若年の利用者は「フォトスタジオ」など、現代ふうの名称しか使わない。撮り方も背景セットもひと昔と比べてだいぶ様相が変わった。利用者の多くは子育て層で、宮参り、食い初め、七五三、入卒園時の記念撮影が主な目的だ。被写体の主役は乳幼児や少年少女で、家族が登場しても引き立て役に過ぎない。かつての家族写真はどのような経緯をたどって今日にいたったのか。それぞれの時代の世相といかなる関連があったか。過去の家族写真が旧い時代の遺留物となり、姿を消しつつあるいま、詳細に検討すべき課題だ。
一口に家族写真とは言っても定義は難しい。本書ではその範疇(はんちゅう)が比較的に緩やかなものだ。イメージの中心には核家族があって、同心円的に親族、友人、ひいては個人の肖像写真なども含まれている。
日本の人物写真は一八五七(安政四年)、市来四郎が撮影した島津斉彬(なりあきら)の肖像を嚆矢(こうし)とする。幕末期に欧米に派遣された外交使節や留学生も肖像写真を撮っていた。最初の家族写真として長崎の写真師、上野彦馬が一八六〇年代中頃に撮影した「オランダ通詞と妻」が挙げられる。当時ではたいへん珍しく、明治初期になっても、まったくと言っていいほど撮影されていなかった。中流階層にまでやや普及していったのは一八九〇年代以降のことだ。
言うまでもないことだが、家族写真は撮影術とともに西洋から受容したものである。構図の原型として、人物肖像画や聖母子像の寓意(ぐうい)的な表現との対応性が挙げられるが、ブルジョアの家族写真にあっては家族愛という主題が日常生活の平面に落とされたところに違いがあった。ただ、日本に持ち込まれたときには、図像的な由来に対し必ずしも関心があったわけではない。同じ家父長制でも、家族の集合写真は不可避的に日本的特徴を帯びるものとなる。
本書の議論は従来の写真論を踏まえたものだが、写真の政治的象徴性を思想史の文脈において検討する手法に対し、各時代の写真をたんに記号として扱うのではなく、一枚一枚の写真に即して内容を吟味し、そこから歴史の陰影、世間の空気の揺らぎに目を凝らすところに特色がある。人物の造形的特徴や背景だけでなく、生活者の泣き笑いや呻(うめ)き声まで聞き出そうとした。
家族写真が多く現れたのは一九一〇年代である。家父長制を思わせる構図はなお中心的な位置を占めているが、人物配置や背景は必ずしも画一的なものではない。女性だけのものもあるし、家屋や家財を誇示的に表象するものもある。また、時代の荒波を映し出すものとして、入営や出征時の家族写真も撮られている。
一九二五年に小型カメラのライカが出現し、スナップ写真は手軽に撮影できるようになった。著者は写された人物の表情やしぐさに注目したのにとどまらず、被写体と撮影者の関係性にも批評の目が向けられている。カメラを所有し、撮影の時期や場所の選択、人物配置、姿勢を決めるのは父親であることを見て取り、画像による物語の創出に秘められている父権的支配の構造をたくみにあばき出した。
家族写真の普及にしたがい、光学的映像に芸術的価値を求める動きが現れてきた。子供は被写体として家族の構成員から分離され、子供写真のジャンルが成立した。幼児や少年少女は純真無垢(むく)、もしくは天真爛漫(らんまん)さとして表象された。子供は失われた希望、もしくは喪失のノスタルジーを投影させる対象になったという指摘は、人物写真に向ける欲望を可視化して興味深い。
写真が芸術の一様式として広く認知されると、その表現文法を模倣し、人物の配置を変えたり、表現を誇張したりすることで、諷刺(ふうし)や異化の効果を狙う試みが見られた。その最たる例として検討されたのは、深瀬昌久による表現の冒険である。
一九六〇年代中頃から、深瀬は妻との生活を写真に撮り、団地生活を私小説風に記録した。家族写真の様式を踏襲しながら、上半身ヌードの妻という非日常的な造形を平凡な日常性のなかに無造作に押し込んだ。そのちぐはぐさを誇張することで、常識にもとづく平穏な日常の意味を問い直そうとした。著者は団地という住居形態の出現と、それに伴う家族形態の変容に注目し、私的空間の内部をパロディー化する「反家族写真」から時代の相貌をみごとに捉えた。いずれもそれまでの写真論では見落とされた、重要な視点である。
写真共有アプリの利用が拡大している現在、撮影の目的も対象も、カメラの向け方も、さらには写真の見え方も大きく変わっている。「映える写真」を作製する加工アプリは簡単にアクセスでき、写真は記憶や物語としての機能が後退し、手を加えられるもの、簡単に消せるもの、さらには戯れや交信のツールへと変容した。技術の進歩に伴い、家族の表象がどこまで進化するのか。家族写真の歩みを読み解く本書は多くのヒントを与えてくれるであろう。
[書き手] 張 競
1953年、中国上海生まれ。明治大学国際日本学部教授。
上海の華東師範大学を卒業、同大学助手を経て、日本留学。東京大学大学院総合文化研究科比較文化博士課程修了。國學院大学助教授、明治大学法学部教授、ハーバード大学客員研究員などを経て現職。
著書は『恋の中国文明史』(ちくま学芸文庫/第45回読売文学賞)、『近代中国と「恋愛」の発見』(岩波書店/一九九五年度サントリー学芸賞)、『中華料理の文化史』(ちくま新書)、『美女とは何か 日中美人の文化史』(角川ソフィア文庫)、『中国人の胃袋』(バジリコ)、『「情」の文化史 中国人のメンタリティー』(角川選書)、『海を越える日本文学』(ちくまプリマー新書)、『張競の日本文学診断』(五柳書院、2013)、『夢想と身体の人間博物誌: 綺想と現実の東洋』(青土社、2014)『詩文往還 戦後作家の中国体験』(日本経済新聞出版社、2014)、『時代の憂鬱 魂の幸福-文化批評というまなざし』(明石書店、2015)など多数。
[書籍情報]『家族写真の歴史民俗学』
著者:川村 邦光 / 出版社:ミネルヴァ書房 / 発売日:2024年11月19日 / ISBN:4623097684
毎日新聞 2025年3月8日掲載
張 競